説明会に行こう

お受験をする際、どの学校を受けるのか? どの学校がお子さんにふさわしい学校なのかを見極めるためには、学校説明会に行くことが一番良いと思います。

実際にその学校に行って、先生の話を聞いたり、公開授業を見ることもできるわけですから、生の雰囲気がしっかりと伝わってくるものです。

もちろん、学校のことについて先生に直接質問をする機会がある場合もありますので、是非受験される前にはいくつかの学校を見てみることも大切です。

説明会参加にあたって、「よく、受験の時と同じようにきちっとしたお受験用の服を着ていかなければ、先生がチェックしている」という噂もありますが、決してそんなことはないですよ。 

学校によってはアンケートも連絡先も問われないところもありますし、一度に数百人の参加者が来校されるのですから!!! 先生がひとりひとりをチェックして覚えることなんてできません。

ただ、あまりにラフな格好では浮いてしまうかもしれませんので、お出かけするときの身なりで参加していただければ問題はありません。

なぜ、親の顔色をうかがうようになるのか?

お受験のプレッシャーで親の顔色をうかがうようになるというのは、「自己防衛」のための何物でもありません。 顔色をうかがい、良い子を演じて自分を守ってしまうという行為は、子供そのものに備わった素直な気持ちや正直さすら奪ってしまうことは忘れないでください。

 「親に叱られたくない」「親の期待通りの子供でいたい」という気持ちが、時には、行きすぎて「嘘をついて」でも親の前ではいい子でいたいという考えに変わってしまうからです。

ですから、受験を迎えたら、親は子供に対して絶対に威圧的な態度を取るべきではありません。子供の素直な気持ちをグンと伸ばすことは、子供の持つ個性を伸ばすことにもつながるのではないでしょうか?

いざ、受験の面接のときなど、過去に多くの子供たちを見ている面接官からはそうした子供と親のコミュニケーションを見れば、どんな環境で生活をしているのかはわかるものです。 ですから、普段からの親子のコミュニケーションには双方がしっかりと理解しあいながら受験の準備をすることが大切と言えるでしょう。

親の顔色をうかがう子供にしないために!

お受験の準備で子供は大変なストレスを感じることでしょう。もちろん、これはご父兄にとっても同じことなのですが、前回書いた、「言葉の攻撃」とともにこういった子供にしてしまう原因が、教室などでの第三者がいる時と、家庭でのご父兄の子供への対応の差にあるといえます。

教室では、多少のミスを黙っていても、家に帰れば別の顔を見せれば、子供は必然的に、「怒られないようにしよう」とする防衛本能が働きます。

そんな気持ちがやがて、お受験そのものを、自分のためでなく、「親のため」と錯覚を起こしてしまうのはとうぜんのことですね。

ですから、そういった子供にしないために、常に、子供を叱って育てるのではなく、良い所を認めてどのようにしたら、失敗をなくすことができるのかを一緒に考えてあげるようにすることが必要です。

知らず知らず子供を追い詰める言葉の攻撃

お受験間近になると、突然体に不調を訴える子供が毎年必ず出てきます。 頭痛を訴えたり、「おねしょ」が止まらなくなってしまったといったものです。

試験が近くなったというプレッシャーもあるのでしょうが、それ以前にそういった変調に対して大敵なのは、親の言葉なのです。

「頭が痛いなんて言ってられないでしょう?」「おねしょなんてするような年じゃないでしょう?」

こういった言葉の攻撃が子供を精神的に追い詰めてしまうのです。

受験間際で子供たちはとにかく神経質になっているのです。多少の失敗には目をつぶって、他のことに目を向け、素晴らしい行動を行ったときに褒めてあげることで、子供の自信とやる気を保たせることができるのです。

お受験へのプレッシャーを無くそう

受験を控える子供たちにとって一番恐ろしいものが「プレッシャー」なのです。子供たち自身が「サバイバル」精神を持って何でも自発的に行動することは大変なプラスになるのですが、それを、親や周りの第三者から強要され、しかも、それが不可能であることは子どもの心に傷を負わせることになることを理解して下さい。

そういった心の傷は、子供たちの態度に出てきますので、絶対に見落としてはならないことです。たとえば、「瞬きの回数が異常に多い」「貧乏ゆすりがひどい」などという症状は子どもが無意識にそれらのストレスを発散しようとしているのです。

受験のプレッシャーとは、子供が「ぼくは頭の悪い子なんだ」「ダメな子なんだ」と自己否定することが原因です。 ですから、そういった子に「なぜできないの?」「OO校に受からないのはダメな子」と言うようなことを言えは言うほど、子供は自分の殻に閉じこもってしまいます。

ですから、プレッシャーを与えるのではなく、できるようになるやり方を教えたり、できた所をほめることで、子供に自信を持たせてあげることが必要なのです。

まだあるお受験訓練の悪影響

お受験訓練が、子供に悪影響を与えるケースとはまだまだあります。いわゆる「切れやすい子」「荒れる子」が生まれやすいということもこの訓練の悪癖でしょう。

そうした訓練において、その結果ばかりに目を向けてしまうことが大きな問題となります。つまり、「できる」「できない」で子供に向かい合うことには大変な危険をはらんでいます。

「できる」という結果で子供に接すれば、子供は「勉強さえできればそれでいい」といった歪んだ優越感を持ち、ほかのことは自分の好き勝手していればよいという感情を抱くでしょう。

また、「できない」となれば、子供に「なぜできないのか?」といった目を向けることになってしまいます。結果として、自分はダメな人間、できない自分が悪いという否定的な感情を抱くことになってしまいます。

大切なことは、自分で自分をコントロールして、社会の中で適応できる人間に成長させることであり、そういう子供を学校も望んでいるということを忘れてはなりません。

お受験の訓練の悪癖

お受験の訓練は思わぬところに子供たちに悪影響を与えています。 概して言えることですが、訓練されすぎた子供は、自己表現が極端に下手であるというデータが残っています。

与えられた問題は淡々とこなすことができます。それはそうですね。「問題の解き方」はしっかりと教えてもらっているわけですから!

しかしながら、自分の考えや感情を表現する能力が欠けてしまうのです。 つまり、「問題の解き方」は教えてもらっていても、自分を表現する方法は教えてもらえないという現象がこういう子供たちを増やしているのではないでしょうか?

しかし、多くの私立学校では、そうした「問題を解くこと」が上手な子供よりも、自己表現が上手にできる子に魅力を感じているようです。

逆にいえば、自分の言いたい事を仮に間違っていても自分の力で表現できる子供の方が子供らしいとおもいませんか?

学校が求める子供とは?

お受験において、その目的は当然のことながら、学校側が教育を受けさせるために理想とする子供を選抜することですね。 では、お受験で合格する子供とはどういった子供でしょう?

当然、「学習することを楽しいと感じる」を学校側にしても圧倒的に欲しているのです。 つまり、「訓練」で問題を解くことができる子供よりも、自分で考え、答えを試行錯誤の中から引き出す能力を持った子供ということになります。

小学校に入ってからの勉強にはどうしても反復の中で覚えなければいけないものがあります。 数字の計算(典型的なものは九九算でしょう)や、漢字の書き取りは、手と頭を使って、繰り返しの中で覚えていくものです。

受ける前から、そうした訓練をおこなうことで、学習する楽しみを奪われた子供が、小学校に入学してさらに反復学習を強いても、学習そのものが苦痛で仕方ないはずです。

学習を楽しさと感じている子供に対して、多少の訓練を行わせてもその先の楽しさが身についているためにさらなる向上があるわけです。

 当然のことながら、「学習の楽しさ」を知っている子どもを学校は欲しているということになるのです。

「伸びる学習」とは?

「伸びる学習」とは何でしょうか?

前回も話をしましたが、子供がその学習を楽しんで行うことなのです。 子供の好奇心とは、子供に「新しい発見」をさせることで養われます。

そのためには、「最初から答え」を教えてはいけないのです。

最初は、たとえ間違っていてもいいのです。子供に考えさせましょう。その中で、本当に「正しい答えは何か?」実際に子供が「発見」の中からそれを導き出すための仕組みを作ってあげればいいのです。

お受験では、こうした積み重ねた体験から知り得た知識が一番大切と言えるでしょう。

子供が「伸びる学習」「伸びない訓練」の違い

合格を勝ち取るには、子供が「勉強が楽しくて仕方ない」ということを感じることが一番大切です。 しかし、「将来のため」という親の勝手な判断で、子供に勉強を無理強いしてしまうことは、子供の意思を完全に無視して、「勉強を強制させている」以外の何物でもないのです。

お受験では、こうした「勉強の強制」では、単に、言われたことを言われたとおりにおこなう訓練にほかなりません。 こうした訓練が、子供たちを勉強嫌いにさせてしまうのです。

「学習」とは、子供が自発的に自分で考えて、自分の力で知識を身に着け能力を伸ばすものなのです。訓練は、単にやり方を教えられて、それを忠実にこなすだけで、考える楽しみを奪ってしまいます。

必要なことは、子どもの考える力を引き延ばすことによって、「お受験」のためだけでない、学習能力を身につけさせることなのです。

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